ALS

「ALSの場合、TDP-43のタンパク質量とかで、推定されるのでしょうか?」

「それは、増えているということは分かっているんです。しかし、病気を快復させるために増えているのか、病状を悪化させるものなのか、それさえ分かっていません。もう、その辺でよろしいですか?」

「病気の原因が分からない。結局はそこに戻ってしまうということですか?」

私は堂々巡りをして、肝心な京子の延命期間を数字として聞き出せないでいた。

先生にとっては意味のない会話であり、時間が過ぎていくことに苛立ちを感じているらしく、ますます気分を害した顔になって、眼鏡越しに睨んできた。目と目が合うと息苦しくなるので、出来るだけ相手の鼻の辺りを見ることにしていた。

しかし、つい力が入って、二人で見つめ合ってしまった。もともとこの口髭の先生は、ラジカットについて積極的な推進者ではなく、患者の希望があれば取り入れる方針だという噂があった。

先生は私の目を見てから、面倒くさそうに書類に目を落として、少し沈黙したが、それでも急にとりなすように言った。

「まあ、いいでしょう。本題に戻りましょう。あなたの気持ちの確認を、先にさせてください。ラジカットの第六クール目以降も治療は続けますか?」

先生にとっては理不尽と言える追及をおうような心でかわして、一瞬で不機嫌から立ち直っているかのように見えた。

「他に助かる方法はないのでしょうか?」

私は居心地が悪くなりながらも、蒸し返した。京子の命がかかっていて、しかも、未だに延命された期間について答えを聞いていない。

延命効果に対する自分の納得度と京子の命の代理人としての責任感がごちゃごちゃになって、私の気持ちが前に押し出された質問だった。

「残念ですが、完治の薬も病気の進行を止める薬もありません。県内で、他にビタミンB12の大量投与という治験があるにはありますが、発症して一年という条件があるので、奥さんには該当しません。現状で奥さんの身体の機能が生きている部分が認められますので、このままラジカットを続けるということで、どうでしょうかねえ?」

先生は急に自ら折れた態度で接してくれ、優しく感じられた。私は救われる思いがした。そして残念ながら延命した期間については、数値化できないということが分かってきた。

自分の気持ちが落ち着いてきたことで、しだいに熱心ないい先生として、私の中で変化していった。

「本当に、何もないですか?」

「本当に何もないんです」

最後のあがきだった。短時間で終わると予測していたのか、先生はファイルをめくって、時間を気にし始めているのが分かった。

すでに十五分が経過していた。その時になってはじめて、本題は他の所にあるのかも知れないと思った。もう、結論を出さねばならない時期なのかもしれない。少なくともプラセボ効果はあったかもしれない。そう考えを変えると、

「是非、続けてお願いします」

と、私はいきなり頭を下げた。