【前回の記事を読む】人生は儚いものであるからこそ…仏教的「夢幻泡影」の考え

第1章 前提としての「無常観」と「アニミズム」

第2節 無常観と「夢の世」あるいは「夢幻泡影」

また三木清の師・西田幾多郎の著作を読みふけり、禅を勉強した俳人・永田耕衣(一九〇〇~九七)は「夢の世にねぎを作りて寂しさよ」との句を作った。

森鷗外の長男、森於莵おと(一八九〇~一九六七)は、老いて人生を「白昼夢」と観じることに安らぎを見出した。

「私は自分でも耄碌もうろくしかかっていることがよくわかる。記憶力はとみにおとろえ、人名を忘れるどころか老人の特権とされる叡智ですらあやしいものである。時には人の話をきいていても、異常に眠くなり、話相手を怒らしてしまうことすらある。『私はもう耄碌しかかっているのです。このあわれな老人をそっと放置しておいて下さい』といっても世間の人々は時に承知せず、ただ赤児のように眠りたい老人を春日の好眠からたたき起こそうとするのだ。

(中略・私は)ただ人生を茫漠たる一場の夢と観じて死にたいのだ。そして人生を模糊たる霞の中にぼかし去るには耄碌状態が一番よい。というのはあまりにも意識化され、輪郭の明らかすぎる人生は死を迎えるにふさわしくない。活動的な大脳が生みだす鮮烈な意識の中に突如として訪れる死はあまりに唐突すぎ、悲惨である。そこには人を恐怖におとしいれる深淵と断絶とがある。人は安全なる暗闇に入る前に薄明の中に身をおく必要があるのだ」(「耄碌寸前」『耄碌寸前』昭和36年みすず書房二〇一〇年刊本所収)。

確かにこの生を「茫漠たる一場の夢」と観じれば、永遠の眠りである死とたいした違いもなくなるから、死を受容することも容易になるだろう。以上、「夢幻泡影」的な人生観は、日本人の無常観と切り離し難く、これから紹介する様々な死生に関する言説の中でも、「死の受容」との関連で「夢」「幻」の語にしばしば出会うことであろう。