【前回の記事を読む】【小説】「レイプされたんだ」少女を襲った悲劇の一部始終

一闡提の輩

坂東は赤ワインの講釈をしながら飲めない私に無理やり飲ませ、自分も酔った勢いをよそおって襲ってくるなんて許せない。

フルートを習い始めた小学生のときから先生を慕っていたのに、こんな裏切られ方があっていいのか。瑠衣は、怒りや憤りが込み上げてきたが、生理的嫌悪感が増幅し放心状態になった。

自分の身体をもてあそんだときの坂東の肌の感触をぬぐい切れずにいた瑠衣は、水に浸したハンカチで足の先から首筋まで丹念に拭き取った。

うなじをぬぐううち、なぜか自然と涙が溢れてきた。もうここにはいたくない。もうここには来たくない。絶望感に打ちひしがれた瑠衣は、一刻も早くこの場を立ち去り、自分の記憶から消し去りたい気持ちでいっぱいになった。朦朧としながらもなんとか身支度を整え、玄関まで走ってドアを開け急いで外に出た。

それからどうやって家に帰ったか、よく覚えていない。自宅に着くと、母の佳奈が青白い顔をした瑠衣を見て、

「瑠衣ちゃん、何かあったの?」

と怪訝そうな顔をしながら声をかけてきた。無言のまま瑠衣は、自分の部屋に駆け込んだ。その日の瑠衣は、何も喉を通らず寝てしまった。

翌日以降、瑠衣は祖父母や母との食事を早々と切り上げ、自室でぼんやりとする日々が続いた。自室に閉じこもっている瑠衣を心配した父が部屋に入って来ては、

「瑠衣、何かあったのか?」

と何度も聞いてきた。瑠衣はそのたびに、

「お父さん、心配しなくていいから……」

とそっけない素振りで追い返した。ところが眠れない日々が続き、瑠衣はフルートを手にすると悪夢のように身体じゅうが震え、音を出すことさえままならなくなってしまった。

瑠衣は妊娠するのではないかと不安で仕方のない日々を送っていた。ドラッグストアの前を通るたび、妊娠検査薬を買おうかどうか迷った。瑠衣の生理はいつも予定通りであったが、極度のストレスが鬱積したせいか、その日を過ぎても来なかった。悶々とする日が続いたが、幸いにも五日ほど遅れて生理があった。

しかし、消し去ったはずのレイプの情景がトラウマのようになり、瑠衣は一種の“うつ”状態になった。食欲もなく、だるさも加わって自分の部屋で“ボオー”とする日々を過ごすことが多くなった。それでも瑠衣は、

「なぜ坂東は、私をレイプしたんだろう?」

と鬱々としながらもあれこれ思案してみた。単なる性欲のはけ口として私を見ていたのか。それとも、以前から私に好意を抱いていたのだろうか。何か夫婦間でトラブルでもあったのか。井上先生のことをあれだけ尊敬していながら、音楽家としてそうなれない自分が歯がゆいのか。

その敏感な部分に瑠衣が触れたがゆえ、井上先生への嫉妬心から征服欲に駆られ、衝動的に襲ってしまったのか。

いや違う。以前から繰り返している計画的な犯行では? わざわざ奥様の留守をいいことに、飲めない私にお酒を飲ませ用意周到に計画していたとすれば、これこそ性犯罪ではないのか。