「それにしてもきれいだ、まるで花壇のようだ。お婆さん、これは売りものですか?」

「話をすり替えたな。まぁいい、人とは見下すことを悦とするからな」

「そ、そんなこと思っていませんよ」

「よいよい。今思ったことはすべての人間が思うことじゃ。目で侮蔑(ぶべつ)する者もおる。軽蔑されるから口にしないだけ。のぉ、旦那さん、そう思わんか?」

「……さぁ、どうなんでしょう」

老婆は純一の戸惑うようすを気に入ったようで、肩を揺らしおかしそうにケラケラと笑う。

「心配しなくてもいい。旦那さんは優しい。私を傷つけないように顔をそむけてマスクを着けてくれた。それに私を哀れんで同情してくれた」

「いえいえ。もし自分がコロナウイルスに感染していたら、うつしちゃう可能性もあるし……花粉も飛んでいるし」

「噓が優しいのぉ。まぁよい。ホームレスじゃが、ああ見えても過去、現在、未来を悩んどる。それはわかってやらなきゃのぉ」

純一は諭されて納得したようにみせたが、うまく話をまとめて、この場から立ち去ることを思案する。マスクを突き抜ける尿臭に耐える自信もなく、臭いが衣服に染みこむ不安もあった。

「話を戻そう。旦那さんの言うように、私は花が好きでね。黒、黄色、白、赤色、茶色、みんないい色している」

そう、純一の思った〈あまりにもミスマッチなもの〉が足もとにあった。

「ほんとにきれいな色をしている、これはなんていう花ですか?」

そこには、黄色の小さな花びらが円を描きながら重なり合う、ラナンキュラスがあった。カーネーションとバラと菊をミックスさせたような気品のある花だ。ほかにも老婆の前にはそれはみごとな花が咲き誇っていた。長細いプランターが十列並び、合わせると露店の金魚(すく)い槽ほどだ。キンセンカ、マーガレット、すみれ、プリムラなどの色彩が春を感じさせる。

※本記事は、2022年1月刊行の書籍『憂い人と愁い神』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。