ついに、結果が言い渡される日がきた。私だけが呼び出された。エレベーターで八階に上がり、ナースセンターから通路で繋がった一番端の個室に入った。はるか昔、家で見た茶箱のマークの付いたビルが近くに見える。

こんな所にと思うと、平穏な懐かしさが心の中に広がっていった。そんな場違いな感情が不思議に思えた。狭いはめ殺しの窓に近づいて下を見下ろすと、はるか下の屋上に、丸いクーラーのファンが二列に綺麗に並び、音もなく回っているのが見えた。

暫くすると医師と看護師が連れ立って入って来た。私はすでに病名を知っていたので、原因と余命のことが最大の気がかりだった。

「お待たせしました。どうぞこちらにいらっしゃって、お座りください」

痩せた背の高い、初めて会う中年の先生だった。優しい物腰で、頭を下げた時に見えた後頭部が、少し禿げかけていた。私は許しを請うような思いと、この不条理に圧倒されてたまるかという二つの心で揺れ動いていた。

「もう大方のことは、ご説明していると伺っております。改めて申しますが、奥さまの病名は孤発性の筋萎縮性側索硬化症、別名ALSと言われています。昔からある病気です。今日は、今後のことについてお話ししたいと考えております。よろしいでしょうか?」

「は、はい」

私は、裁きを言い渡される前に、思わず頭を下げた。

「個人によって違いますが、奥さんの場合、二年十カ月前の整形外科医院で脊柱管狭窄症と診断された初診日が発症日と推測されます。それよりも五カ月前から症状があったということであれば、つまりALSの発症日は三年三カ月前ということになります」

医師は私の反応を見定めていた。余命という言葉を使うためにわざと言葉を区切って、優しい仕草を私に向けているように思えた。

【続きを読む】夫「まっ、待ってください」医師の説明に愕然としたワケ

※本記事は、2021年7月刊行の書籍『ALS―天国への寄り道―』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。