それが僕のいる価値になったようで安心した。伊沢君とはスーパーやコンビニで一緒に買い物をして遊んだ。その日、伊沢君の機嫌は良くてすごく楽しかった記憶がある。その後、家に帰るのはしんどかった。あの道のりは暗い闇の中にいるようだった。しかし母は五百円がなくなったことなど全く気が付かなかった。

一度だけの過ちで済むのならきっとこの出来事は忘れていただろう。その日から伊沢君に渡すお金はどんどんエスカレートした。千円、三千円、五千円、一万円、二万円と金額はみるみる加速していた。

僕は母のへそくりの場所を知っていた。へそくりは滅多なことがない限りは使わない。その上、母はいくらあるのかあまり把握していないようだった。今度はそこからお金を盗み続けた。次第に罪悪感は膨れ上がり、母にお菓子をねだることもしなくなった。そんな僕の様子を見て母は優しく言ってくれた。

「今日はいい子にしてたからこのおもちゃを買ってあげる」

普段は二百円以上のお菓子など高くて買えないと言う母が、二百五十円のおもちゃ付きお菓子を買ってくれた。僕は喜んだふりをした。罪悪感に苛まれた僕には何も欲しくないのが本音だったが。

毎週土曜日は伊沢君と遊ぶ約束をしてもらえた。そして土曜日は母の一万円をいつものように伊沢君へ渡した。彼は何も言わずにそれを受け取ると、カードやおもちゃ、お菓子をたくさん買い、お釣りを他の友達に分け与えていた。みんなが伊沢君に群がった。伊沢君と一番近い斉藤君には三千円、松野君は千五百円、飯田君は千円など伊沢君の基準でそれは配られた。

そして僕の分はなかった。僕は自分のお小遣いでみんなと一緒にお菓子を買ったり、映画を見たりした。時々、斉藤君の買ったカードのお釣りをもらうことはあったが僕にとっては楽しくも何ともなかった。

そんな地獄のような日々に終わりを告げたのは突然だった。

※本記事は、2021年10月刊行の書籍『レインボー』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。