第3章 AI INFLUENCE

第1項 鉄→漲(みなぎ)る、AI→?

前回までの記事では、主に人工知能の強さについての私の考察を述べた。人工知能には人間とはかけ離れた目的遂行に優位な属性があり、その能力は目的さえ設定すれば人間の関与とは切り離されて進化できる様にもなった。今後は人間の想像を上回る確かさで、加速度的に、あらゆる領域においてその存在感を増していくだろう。

将棋において、人工知能は、名人にすらひけをとらない技術を身に付けた。将棋をゲームと捉えるなら(他にも捉えようはたくさんある。文化、芸術、勝負、格闘技、教材、人生……)、スタートと目的を設定した後の、正確に効率的に継続的にそのミッションを達成する技術は、人工知能は人間の知能の最高峰(超一流)に少なくとも匹敵する。

そして自律性を得て拡張された通用性によって、“名人の将棋”にひけをとらない技術が、今後はあらゆる目的遂行、サービスの提供に導入されることになる。棋士の将棋に触れる前に、今少し人工知能について考えてみたい。今回以降の記事では主に、人工知能が人間に及ぼすであろうその影響について述べる。

“手のかからぬ驚異的な能力を持つツールを得て、我々はただ便利になるのだろうか。”人間の歴史、性状、文化には、その時々で人間が用いた器具の性質が大きく影響してきた。その中でも鉄。

「鉄の使用ほど、人間の精神と社会を、それ以前にくらべて激しく変えてしまったものはないように思える。」そう、司馬遼太郎氏は指摘されている(『人間というもの』より)。鉄が、奪い合うに値するほどの広さの土地の開墾を可能にし(余剰)、長距離の航海を可能にし(機動力)、飛躍的に高い殺傷力を備えた弾薬の反動にも耐えうるパーツを作り(破壊力・収奪性)、よって人々の自由、能力の発露の幅を広げたと同時に大量の精度の高い殺傷を可能にした。

鉄は、人々に気力と開拓精神と好奇心を沸き起こし、漲らせ、同時に我欲、貪欲さ、荒々しさも解放、増長させた。日本史的に言えば、鮮烈かつ象徴的なのは鉄砲の伝来だろう。陣がまえ、城の造り、決戦から決着までの早さ、総じて戦のあり方を根本から質的に変え、結果として天下統一の時期も早まった。中世を終わらせ、近代の入り口を開いたのも、鉄が大きく関与したと言って良さそうだ。

では、人工知能はどうだろうか。向きだけを先に大きく捉えれば、人工知能は、少なくとも表面的には、鉄とは逆に人々のそれら(気力、我欲、等々)を縮小させていく方向に作用すると思われる。かもしれない。戦争とは常に、人間全体で行うものであり、個々の人間によって為されるものではないからだ。

とにも、個々の人間は大人しくなる。何故そう私は考えるのか。具体的には、我々の在り方、考え方、感じ方はどの様に変わっていくのか。以下、順に述べてみよう。

※本記事は、2018年12月刊行の書籍『人間を見つめる希望のAI論』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。