【前回の記事を読む】馴染みのスーパー銭湯での一幕。ミストサウナで見かけた男は……

醒ヶ井あたりを歩く・その1

春まだ浅い二月末のぽっかりあいた日曜日。旅気分を味わいたくて京都駅から東へ向かう列車に乗り込んだ。こんな時は新幹線じゃなくて在来線の普通列車だ。うっすらと雪をかぶった田や畑が、ゆっくりしたスピードで流れていく。南の窓には雲間から薄日が差しているのが見えるが、北の窓から見える空は、鉛のような色の厚い雲に覆われている。寒々とした景色と、暖房の効いた車内のギャップが、この季節の旅の醍醐味の一つだ。

米原で乗り換え、さてどこまで行こうかと窓を見ているとなんともきれいな風景が広がり、つい誘われるように下車した。そこは醒ヶ井さめがいという駅だった。中山道の宿場町でもあるその町は、真っ白な伊吹山を背景に静かにそこにあった。いかにも宿場町らしい町は、あくまで静かで美しく、通りに沿ってなんとも見事に澄んだ川が流れていた。豊かな流れと美しい水草と白い砂のバランスが絶妙だった。

しばらく歩くと、流れの中ほどに音もなくこんこんと水が湧き出しているところがある。醒ヶ井の地名の元にもなり、かつて『古事記』の英雄ヤマトタケルが伊吹山の神の怒りに触れて重体となり、その水を飲んで一瞬生気を取り戻したという湧き水である。なんと清らかな水であろうか。感動的ですらある。どうしても飲んでみたくなり、一口手にすくって口に入れた。ああ、なんておいしいのだろう。

ヤマトタケルは『古事記』の中でも大好きなキャラクターである。とんでもなく優秀、勇敢、そしてそれゆえに父である大王おおきみに恐れられ、何度も死地に赴かされる。手柄をあげれば父の愛を得られると信じて戦うヤマトタケル。しかし彼の思いはついに届かず、この地に倒れ、やがて命尽きた彼の魂は白鳥となって大和へと飛んでいく。

通りかかった地元の老人が、町の人々がいかにこの流れや自然を大切にしているかを語ってくれた。この人影もまばらな美しい町は、町の人々の愛にまるごと守られているのであった。そして、遠く伊吹の雪はこれまた感動的に白かった。

水清し伊吹に春の風渡る