第1章  令和の今、行政改革最高のチャンス

遷都か少なくとも分都を

この経験があって、全国自治体病院協議会長の時代に「総務省に病院大学を」と主張したのだが実現しなかった。幕張にある研修所で新人や若手の研修を行っているようではあるが十分とは言えず残念である。

やはり病院独自で採用して定年まで勤めてもらうプロパーが必要であり、それを実現するために地方独立行政法人に移行する病院が多くなっているとも思える。多くの国家資格を持つ職種が多数働く病院に、ローテーターと呼ばれる腰掛的公務員は不適当なのである。

私達は、医療の解る事務職や経営職、事務や経営の解る医療職を育てるべく京都大学医学部の今中雄一医療経済学教授を中心に「日本医療経営」という組織を10年余前から立ち上げ、育成しているところである。しかし全国に千近くある自治体病院にとっては「まだまだ砂に浸みる水」の感は否めない。

余談になるが、ここで私なりの地方行政論を打(ぶ)ってみたい。私は道州制については行政改革として推進すべき、と以前は肯定的に捉えていた。しかし今は絶対反対に近くなっている。北海道の札幌一人勝ちや日本国の東京一極集中のような構図が東北や近畿、東海、北信越、九州、中・四国でこれ以上加速されては困ると考えているからである。

仙台や大阪、名古屋、福岡、広島など核となるであろう都市は肥大しつつあるが、道州制になると山形や和歌山、大津、岐阜、福井、佐賀、高知などの行政都市は急速に衰退するのであろう。交通の便のストロー現象で山形や岐阜はすでにその気配が強い。

経済界の資本投下効率は、47都道府県に支店を置くよりは10箇所以内のブロックごとに置く方が良いのであろう。しかし、そもそも行政というのはサービスであり心配り、目配り、そして手当てなど人と人との関係が最も重要であり非効率をモットーとするようなものである。医療や教育と同様に温もりと余裕が不可欠である。

市町村合併で吸収された旧役場跡にはペンペン草、周辺はシャッター通りの所が多い。行政がその地域最大の事業所である所も多いのである。全くの無駄はいけないが地域のための少しの無駄は許されるべきである。官々接待なども雁字搦めで潤滑油不足と感じている方も意外と多いのではないか。マスコミが魔女狩り的にやる報治(ほうち)国家の弊害か?

※本記事は、2020年2月刊行の書籍『令和の改新 日本列島再輝論』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。