【前回の記事を読む】【小説】夏休み明け、血相を変えた友人が私に伝えた一言とは

第三章 兄弟分

その喫茶店は同じ商店街の通り沿いにあり、雀荘の目と鼻の距離にあった。先には通りを塞ぐように人だかりができていた。

「おぉ、さっきより観客が増えとるやんけ」

「進、てんご言うとらんと早よ走れ!」

「何を言うとる、オマエの、おっさんやんけ」

野次馬をかき分けて中を見ると、義和の叔父と若いヤクザ二人の乱闘の真っ最中だった。形勢はひと目で判断できた。叔父は惨めに尻を着き両手を顔の前に上げ、防戦一方の姿勢だった。その姿を見た私は一瞬複雑な思いを抱いたが、すぐに払拭した。

「やめらんか、こらぁ!」

と、がなりながらその間に割り込んだ。

「じゃかましい!学生は引っこんどけ、ボケ!」

チンピラの小柄なほうが、ポケットから隠し持っていたバタフライナイフを取り出し虚勢を張った。

「オノレら、素人相手にドス使うんけ、ええ!」

進は啖呵を切るや否や、ズボンのベルトを抜いてバックルを先端にしてナイフを振りかざした男の顔面を鞭打った。まさに鎖鎌の分銅の如く、特製バックルの威力はすごい。その男の左耳から巻きついたベルトは鋭く弧を描き、先端のバックルが右の頬を砕いた。

「グェッ」

鈍い声を発して痛みで仰け反った男はナイフを落とし、舗装に片膝を着いた。

「ええ加減にさらさんかえ、オマエらどこのもんじゃ!」

と、すかさず私はナイフを拾い上げ、二人のヤクザを一喝した。応援団の学ランを着ていなければ、どっちがヤクザか判断がつかないだろう。

中学から高校、大学と喧嘩に明け暮れた私と進の息の合うさまに、「ええぞ、兄ちゃん!」の声が、取り巻く野次馬からあがった。

「オンドレら、覚えとけよ!」

「のかんかえ、こらぁ!」

と、捨てゼリブを残して二人組のヤクザは、野次馬を押し分けて退散した。

「おっちゃん、だんないか?」

腰を落とした叔父を起こそうとすると、栄を超えた惨めたらしい風貌から発する安酒の臭いが鼻を突いた。

「おぉ、正か、だんない、だんない」

唇を斬って話しにくそうに叔父は応えた。

「さっ、さっきの小さいほうの男な、アイツは八草組の浅井ちゅうチンピラで、ウチの清子にちょっかいだしさらしてよぉ」

息を切らしながらたどたどしく、鼻に皺をよせて悔しそうに言った。

「八草組?布施に事務所あるあの八草組か?」

進が口を挟んだが、叔父には返事をする余裕もなく、腫れた頬と切った唇を恥ずかしげもなく曝しながら、陽と酒に焼けた手の甲で涙を拭いている。取り囲んでいた野次馬は一人、二人と退散し、私と進はその哀れな叔父の横に立ってしばらく見下ろしていた。暇そうな親父が通りすがりに視線をこっちに向けるが、意に介すこともなく通り過ぎていく。別段この辺りでは珍しい光景ではないのだ。

「そんな事情やったらしゃぁないな、俺、八草組に行って若かしらにナシつけてったる」

いい加減小さなころに苛められていても血の繋がりか、いや、すでに私と力が逆転していることを思い知らせてやるにはいい機会だ。〝仇を恩で報ずる〟とは、このことだと、いささか調子に乗ってしまった。私は叔父の片脇に手を入れて体を起こし、叔父の脱げた雪駄を揃えてくれていた進に顎をしゃくった。

「あちゃ」と、進は眉間に皺を寄せて大袈裟に言った。

叔父を置いて、ひとまず私と進は路上に停めた進の車で落ち着くことにした。シャコタンした改造車の狭い車内は太陽に熱せられてオーブンになっていた。レバーを回して窓を開けるが、吹き出した汗が垂れて目に沁みる。

「正ちゃん、ほんまに行くんけ?」

と、進は車にあった汚れたウエスで顔を拭きながら私に念を押した。

「言うてしもたもん、しょうがないやんけ」

そう言ったものの、私は衝動で吐いたセリフを悔いた。進は首を傾げ、苦笑いしたままエンジンをかけた。マフラーの音はやけに威勢がいい。