第2章 あなたの心は健康ですか?

① 現代人の「心の健康」

痛くもかゆくもないタフな心

総合病院の先生は、持参した血液検査の結果をみて、「白血球の数値がとても高いですね。すみません、もう一度、血液検査とほかの精密検査をさせて下さい」と、少し驚いた様子でした。問診、血液検査、全身のCT検査、そして、骨髄穿刺など、検査にはゆうに半日はかかりました。

検査は痛いし何もかもがまさかの事態です。その日は詳しい説明はありませんでしたが、「少しでも体調が悪ければ、すぐに受診して下さい」という先生から伝わってくる、なんとも言えない切迫感に、胸騒ぎをかき立てられました。

数日後、検査の結果を聞きに受診すると、先生は、前回とは異なって穏やかな口調で、開口一番、「悪い知らせでなくて良かったです。今だから話せるけれど、実は白血病を疑っていました」と話してくれました。この様な症状は、白血球増加症といって、とくに原因は見当たらないのに白血球の数値が異常に増加した状態だということでした。ストレスなどによって、自分で自分を攻撃する自己免疫疾患のひとつだということです。

その後、微熱は続きましたが、幸いにも数ヶ月後には、治療せずに白血球の数値も正常に戻りました。入社して以来、健康保険証さえ使ったことのなかった私が、白血病を疑われるほど体調を崩していたとは夢にも思っていませんでした。

実は、この出来事の数ヶ月前に私は母を亡くし、ちょうど四十九日を終えた頃でした。これまで、すべて母任せだった家事をこなしながら、会社勤めをする生活に一変していましたが、それは、結婚していれば、誰でもやっているはずのことでした。ところが、この生活の変化は、私の心身を蝕んでいたのです。

私の場合は、心が悲鳴をあげる前に身体がSOSを出してくれました。今思えば、人前では元気に振る舞っていただけで、もし、何事もなく過ごしていたらきっと心が悲鳴をあげていたに違いありません。

② 「ねばならない」思考からの脱出

「ねばならない」という思い込み

亡くなった母はとてもきれい好きでした。毎朝、早くから玄関先の掃除をし、庭には打ち水をして、玄関のタタキを隅々まで雑巾がけをし、そして、家族のために朝食を作ってくれました。それが母にとっては、当たり前の日常の朝でした。

母が亡くなってからは、その一連の作業を終えてから仕事に出掛けることが私の役割になりましたが、朝の身支度もありますから、バタバタの毎日です。それでも、ずっと見てきた母の習慣は、何の疑問も持たず、そうすべき私の日課になっていました。

体調を崩してしばらく経ったある日のこと、ふと、朝の一連の作業を省いたところで、つまり、玄関先を、どんなに丁寧に掃除して出勤をしても、家人はみな、日中は出掛けて留守、来客はありません。はっきり言って無駄な家事であることに、やっと、気づきました。

そこで、休日にまとめて掃除をするという、新しい私スタイルを確立したのです。おかげで朝が、格段に楽になり、母には毎朝ごめんなさいと手を合わせつつ、朝の掃除は手抜きをさせてもらうことにしました。

当時、もう少し早く、「ねばならない」思考から脱出できていれば、体調を崩さずにすんだのかもしれないとの教訓から、今では、状況に応じて手抜きのできるスキルは少しアップしたように思います。もっとも、このスキルに関しては、傍目には、まだまだそうは見えないようですが。いずれにしても、「こうあるべき」とか、「ねばならない」という思考を、自分では気がつかないうちに常態化している人は案外と多いのです。

あなたは、なにかを行うとき、マイルールを持ち出して勝手に「ねばならない」思考や行動をし、自分を苦しめてはいませんか。心の健康を予防するという考え方においては、「ねばならない」思考からの脱出はとても大切です。

あなたは大丈夫ですか。予防という観点を優先するならば、しつこいようですが、高級料亭でもないかぎり、玄関先は打ち水がされていて、いつも美しくあらねばならない、のではありません。

※本記事は、2020年3月刊行の書籍『Over Thirty クライシス』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。