五、頭はここまで下げるんや! 初めて勤務した会社の主任より

当時、我が家は、叔母二人の収入で支えられ、生活は苦しく貧乏だった。

前述の如く、私は昼の高校へは行かせて貰えなかった。

少しでも家計を支えるため先生の紹介で中学卒業と同時に酒醤油の卸店である前田豊三郎商店に就職した。

個人経営の会社だけに昔の厳しい丁稚奉公の名残りがまだ残されていた。

そこには社会の厳しい試練が待っていた。

初任給は6500円だった。給料は、全額を家計に渡し、そこから学資と僅かな小遣いを貰って家計を支えた。祖父は、感謝して受け取ってくれた。

入社当初、得意先を覚えさせるため、玄関先の受付業務を任された。

新入社員に対する教育なんて全くなかった時代で、見よう見まねのぶっつけ本番だ。

受付には、恐いU主任を長とするベテランの男子社員と女子社員がいた。そこに見習いの私が加わった。

当時は、現在のように各家庭には電話はなかった。

それだけに電話に不慣れのため電話が恐かった。

電話が鳴ると先輩が取ってくれるのを待ち望んで取るのを躊躇していた。

受付の電話が鳴った。取ろうとしたがドキドキして戸惑っていた。

先輩がすかさず取った。

「前田豊三郎商店でございます。毎度ありがとうございます」と明るい笑顔で、しかも、電話に向かって頭を下げていた。電話をかけて頂いて「ありがとうございます」という気持ちが声にも態度にも現れていた。

私には、先輩のように到底出来ないと思い込み電話恐怖症に陥っていた。その時、目の前の電話がまた鳴った。「リーン。リーン。リーン。リーン」と鳴り続けた。ドキッとした。また別の先輩が、取ってくれないかなと躊躇していた。

U主任は、それを見逃さなかった。

※本記事は、2021年11月刊行の書籍『180度生き方を変えてくれた言葉』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。