「君、まだ懲りずに南雲さんを追いかけているのか」

ハツが風太にそう言った。

「その言い方は間違ってはいないが、正確ではない。私は確かに南雲さんのことが好きだ。しかし今は自分の幸せよりも彼女の幸せを最優先に考えている」

大学時代と一緒にするな! と風太は付け加えた。

「でも、あわよくばとは思っているのだろう?」

というハツの問いに対して、風太は首を横には振れなかった。彼は意外と正直者である。

「そろそろ潮時だと思うけどね、俺は」

ハツはそう言って唐揚げに箸を突き刺す。

「南雲さんは他の女性とは質が違う。彼女は典型的な恋愛不適合者さ」

ハツのその言葉に風太は少し怒りを覚えた。いくらなんでもその言い方は酷い。

「お前だって彼女に惚れていたではないか!」

風太がジロッとハツを睨むと、ハツは「まあ落ち着け、落ち着け」と笑って電気を起こす。

「懐かしき学生時代。確かにあの頃、男どもは皆して南雲さんの乙女っぷりに惚れこんでいたさ。だが二回生になる頃にはもうそのほとんどが諦めていたではないか」

無理もないだろうとハツは言う。確かに南雲さんはどこかオカシイ。出会った当時から異常なまでにハレンチを忌み嫌い、今ではナイト・ナイトのファンにもなっている。その美しい顔を持ち合わせながら交際経験は一切ないし、人を恋しいとも思っていないような素振りを時折見せていた。

「南雲さんが大学内で何と呼ばれていたか、君も知っているだろう?」

ハツが風太にそう問う。もちろん、風太はそれを知っていた。「人類の敵」人類が存続していく上で男女交際は必要不可欠である。そしていつか桃色に身を染めて、新たな命を授かるのだ。ハレンチな感情は人間が生きる上で無くしてはならない感情のひとつなのかもしれない。しかし南雲さんはその一切を全否定した生き方をする。ことごとくハレンチを忌み嫌う。生物がどのように繁栄してきたのか、その原理に向き合うことをしない。したがって彼女は「人類の敵」と呼ばれることになったのだ。

「君だけだよ、最後まで彼女に惚れていたのは」

ああ、今も惚れているのだったか、とハツが笑う。風太の腕が電気でチクチクとした。

※本記事は、2021年11月刊行の書籍『人類の敵』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。