「全滅だ全滅。全滅するぞ」と誰かがつぶやいた。

こんな状態がしばらく続くそんな中、冷静に見守る司令官レアがいた。

「全員に告ぐ冷静になれ、もはやこの事態を回避することはできない。地上の生命はほぼ全滅する災害に見舞われると思われる。家族が心配なものは職場を離れても良い。各自、自分の判断で行動して良い。ただ1つだけ守っていただきたいことがある。地球の全てが破壊され、我々の生存の可能性がゼロに近いことだけは口外しないでいただきたい。わずか数日のことであるが知らないことの方が幸せなことだと思います。これが我々にできる最後のことですから」

副指令官が「では全員の業務執行を解除する」と宣言した。しかし、誰1人自分の席を立つ者もいない。各人が隕石の状況、軌道計算、関係各機関への連絡、報道機関への対応と業務を静かに遂行する。

「地球衝突までの正確な時間は出たか」

「出ました」

正確な軌道計算をコンピューターがはじき出した。

「落下時間は今から52時間19分05秒、4月17日午前8時15分です」

「衝突50時間前からカウントダウンに入ります。30分ごとに音声案内します」

「隕石の落下地点は、ユカタン半島の先端部の海岸線沿いです」

「半島が吹き飛び噴石が大量に出るのと、海岸であれば大津波が発生します」

「津波の高さは推定できるか」

「コンピューターのシミュレーションによれば、大西洋岸はおよそ200メートル以上、太平洋岸やインド洋でも100メートルを超える津波になると思われます」

「生命の生存率はどうだ」

「地上の大型生物は全滅、生存率は0%。海洋生物は深海生物を除き1か月以内に生存率5%以下と出ています」

「隕石衝突後の5年後の植物を含めた全動植物の生存率は15%以下となっています」

「隕石の衝突による破壊よりも、その後に起きる気候変動による被害の方が大きいです」

その原因となる隕石の大きさは直径約15キロ、猛烈なスピードで落下してくる。

航空宇宙局と宇宙観測基地、政府関係者しか知らない極秘事項で、事態のあまりの大きさに事実を発表することをためらっていたが、隊員の1人が家族に地下に逃げるように秘かに連絡したことから、SNSを通じて町中に知れ渡ることになった。観測隊員の中にももはやなすべき仕事がないものも出始め、1人また1人と家族のもとに帰り始めた。

「司令官、入局以来長い間ありがとうございました。私のやるべき仕事は終わりましたからこれで失礼いたします。家族と共に最後を迎えてやりたいと思います」

「最後までありがとう。こんなことでこの世が、人生が終わりになるなんて考えたこともなかった。悔しいがもはやどうしようもない。ありがとう、では気を付けてな……」

気を付けても仕方ない事態であるが、なぜか……。この世に生きてきた証しが残るでもない、子孫に送るものもなければ、未来に託すものもない。受け入れがたい現実「滅亡」だけがそこにある。

※本記事は、2021年12月刊行の書籍『リップ―Rep―』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。