【前回の記事を読む】売春防止法で「赤線」地域の売春カフェーは一斉廃業したが…

赤線通いの皆勤賞!

スナック「オレンジ」は、末吉が必ず最後に寄る店だ。末吉と峰子の付き合いは、もう十年以上になる。峰子は、四十代半ばのバツイチの小柄な女で、以前は末吉が時々行っていた飲み屋で女中をしていた。末吉は、その気さくで明るい性格が気に入っていた。また、峰子も末吉の愉快さと優しさに頼りがいを感じて、何かにつけて、父親のようにして相談に乗ってもらっていた。

末吉が暮らしのことなどの相談にいろいろと乗るうちに、峰子が、将来のために自分の店を持ちたいと言いだした。ちょうどその頃は、末吉の会社の汲み取りの仕事は、信じられないほどの利益を上げていたときだった。

また、社長である息子紘一から、消防団仲間で今ラーメン屋をやっている安田正一が、駅前で居酒屋を開きたいので、今の住居兼店舗の土地建物を居抜きで買ってくれる人を探していることを聞いていた。

ちなみに「居抜きで売る」とは、店舗などの建物を売るとき、家具や装飾品または設備・商品をそのままにして、ひっくるめて売ることをいう。

このラーメン屋を居抜きで末吉が買った場合、売った安田は本来、厨房設備や内装、カウンターや椅子、テーブル、食器類などに至るまでのすべてを産業廃棄物として処分し、きれいにリフォームして、売却物件として適切な状態にするために、高額な費用をかけなければならないが、その費用が一切かからない。

また、それを末吉に買ってもらって、峰子がスナックを始めるとすると、どうせ買い揃えなければならない厨房設備や冷暖房設備、それにカウンターなどの内装も最小限の改装で済ますことができる。

そのうえ、不要な廃棄物の処理は、末吉の本業であるので、藤倉産業で請け負えば、収集運搬費はかからず、処理費だけで済むので格段に安くなる。結局それも末吉が払うだろうから、峰子にはまったく負担がかからない。

安田が提示してきたラーメン屋の土地建物の値段は、総額一千万円だった。いくら会社が儲かっているとはいえ、かなり高額な買い物だし、立地条件や建物の築年数からすると、当時としては高すぎるように思われた。