【前回の記事を読む】音信不通だった友人の嘆き「世の中不公平だって泣きまくった」

第四章

いつものように学校から帰宅すると、誰もいないリビングで一人寛いでいた恵はショートパンツにタンクトップ姿で、冷凍庫からアイスクリームを取り出してソファに掛けていた。好きなK-POPミュージックをイヤホンで聴いていると操作していた携帯画面が暗くなった。

「きゃあ!」

驚いた恵はスプーンを落とした。

「驚かせちゃってごめんね」

背後には母親の不倫相手がいた。片手には母親が使っているキーホルダが付いた鍵をぶら下げていた。男は強引に恵の隣に座ってそのまま押し倒そうとした。

「やめて!」

恵は抵抗したが力尽きてしまった。

「お母さん妊娠してるんだよね。恵ちゃんもお姉ちゃんになるのか。妹か弟を露頭に迷わせないようにしっかりしないとね。言っている意味、分かるよね?」

誰にも言うなと男は言っている。父親は再婚して明るさを取り戻したし、家庭は壊せない。新しい命を守るためには自分さえ我慢すればいい。

それからすぐ単身赴任を終えて父が帰ってくると男は家に現れなくなった。しかし母親との関係は続いていたため、恵はメールのやりとりを確認して男の行動を窺った。恐怖に耐える日々だった。

母親は恵が不倫に勘づいていると思って、恵を露骨に避けた。妹ばかり可愛がり、妹はできる子、恵はできない子と差別した。そう言い聞かされ育った恵の妹は、姉の恵を軽視するようになり、父親は恵に対して異常に厳しくなる。いつしか恵は出来損ないというレッテルが貼られてしまい、不良グループに入って家出をするようになったと話してくれた。

「この世界にはどこにも居場所がない」

一部始終聞いて、私と栄美華は言葉に詰まった。

「何も言わなくていいよ。同情してほしくて話したわけじゃないの。初めて人に話したし」

「ごめん」

謝るようなことではなかったが、これは何も言えなくてごめんの「ごめん」であった。気まづい空気が流れる。

「そろそろ帰る。二人ともありがとう」

四百円だけテーブルに置いた恵は立ち上がって店を出ようとした。

「恵! あたし達はずっと友達だから!」

去って行く恵の後ろ姿に栄美華が身を乗り出して叫んだ。恵が振り返ったようにも思えたが後ろ姿はすぐに渋谷の雑踏の中に消えていった。一瞬、目には涙が滲んでいたのが見えた気がした。