第一部

佐治衛門の妻、半はすでに四十路にかかっていた。平均寿命が四十歳台と言われていたこの当時としては、もはや四十歳を過ぎれば老境入りである。ただし、一方では女性も多産だったから、四十を過ぎても児ができる場合も少なくなかった。

そんなある日、昼食を娘の民と二人で取っていた時のことである。半は急にムカついてきたのだ。慌てて台所に行きゲッと食べ物を戻しそうになった。

「お母ちゃん、どうしたの。気分でも悪いの」

民は戻ってきた半を眺めながら、けげんな顔して言った。

「いや、何でもない。心配しないで」

半は平静を保つように食事を続けた。実は、半は数日前から体調の変化に気づいていたのだった。いつもある月のものがしばらくない。でも、これは歳を取ったせいで延びているからだろう、と軽く考えていたのだが、今日、食事中にムカッときて吐きそうになった。

「もしかしたら、自分にやや児ができたかもしれない!」

半は慌てた。いままでに四人の児を産み、幾度もつわりを経験していたからである。これがほんとだったら、小躍りしても喜ぶべきことに違いないはずだ。しかし、娘や婿のことを考えたら、二人がそのことを知った時、何と思うだろうか。

半は半信半疑ながら頭を抱えて考え込んでしまった。その夜、まずは夫に相談しなければと、佐治衛門に妊娠したらしい話を打ち明けたのだった。

「えっ。うそ!」

まず夫から返ってきた言葉である。

「信じられないな。そんな歳でもないのに」

ほんとなら佐治衛門も大喜びするところだが、一瞬彼の脳裏にも民や度助の姿がよぎり困惑した表情を浮かべた。

「まだ、確定したことでないのに、もう少し様子をみよう」

一方ではうれしさも安堵の気持ちも湧いてくるが、彼は自分にも言い聞かせるように言った。そして、しばらくはこのまま内緒にして様子をみることにしたのだった。

やがて、一か月経ち二か月が経つと、半は下腹部に圧迫感を感じ、やや児を身ごもったことを実感し始めた。自らの幾度かの体験から判断できるのである。そして、三か月が過ぎた頃、このままではいつか民たちに分かってしまう。いいところで知らせておかないと、と二人で相談して、まず民に妊娠したことを告げることにした。

※本記事は、2019年8月刊行の書籍『高梁川』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。