最近季節の感覚がない。いや最近というよりは工場を手放してからずっとそうである。一人前の男になりたい。青臭い言い方だが、漠然としたそんな思いで、あてもなく実家の愛知県から一人上京した。

博樹は両親に大切に育てられたが、決して裕福な家庭ではなかった。父母は小さな葡萄園を経営しており、公私ともに愛される人たちではあったが、葡萄園はそれほど金になる仕事ではなかった。父親がフラッと表に飲みに出かけると、きまってその月は学校の給食費が払えなかった。給食費が払えない生徒は博樹だけではなかったが、子供心には少なからず傷ついた。

そんな小さなことの積み重ねだろうか。いつからか「仕事で一人前になる」という概念を人一倍持つようになった。地元でも充分、むしろ愛知県ならではの職業もたくさんあったにもかかわらず、高校進学もあきらめて、東京へ夢を見た。

親はかなり心配し反対したが、子供なりに決意は固かった。当時、高校へ行かない子はよほどの勉強嫌いが多かったのだが、博樹はそういった類の子とは違った。勉強はまあまあ好きだが、それ以上に独立心が強かったのだ。家出同然で東京へ来た。

事業を始めることに決めたのも、独立心のなせる業だったのだろう。しかし、類稀なる根性も時代の荒波には簡単に勝てない。お金というものに翻弄される働き方は、お金というものに弄ばれて捨てられる運命なのだろうか。まさに博樹の半生は波乱万丈そのものだった。いや波乱万丈とまでは言えないが、十代で上京した博樹には、そう思わせるのに十分だった。