採用試験を受けに行ったとき、会社の概要の説明があったので、常雄が訊ねる会社のことに答えられないわけではなかったが、常雄の練習が始まるまでの五分の休憩時間が終わったので、話を打ち切って二人は自動車に乗り込んだ。常雄はいつも十六号車である。先日、この自動車学校で免許を取った友人に会ったとき、仮免許を取るまでは古い車で練習することになっていると教えられたが、そう言われてみればその通りだった。

「今日は新しいコースだったな」

昨日と同じサングラスの教師だった。

「はい」常雄が素直に返事をした。

「じゃ、やっていけ」

その頃の自動車学校の教師はかなり横柄な口の利き方をしたものだ。ある社会的に相当の地位のある人が自動車学校に通い始めたのだが、教師の横柄な態度に我慢できず途中で自動車学校をやめてしまった、という話を父から聞いたことがあった。

自動車が普及し始め免許を取りたい人が溢れていたから、それでもよかったのである。常雄はエンジンを掛け、ギヤーをローにいれて発進した。彼がコースを運転する間、明夫は後ろの席でそれを見ていた。それだけでも少しは役に立つような気がした。

「トップで走ってるときはどっちから先に踏むんだった」

「ブレーキからです」

「今どっちから踏んだ。逆じゃなかったか」

「はい」

彼の返事はいつも素直な中学生を思い起させる。

太陽はアスファルトのコースに激しく照りつけている。芝生も水分が抜けて枯れているように見える。その頃の自動車にはエアコンはついていない。車の中も暑いが窓を開けて走っているので堪え難いほどではなかった。練習時間の終了を知らせるチャイムが鳴る。

※本記事は、2021年11月刊行の書籍『春の息吹』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。