第二章 仮説社会で生きる欧米人

キリスト教は現世を仮の世、死後の神のいる天国を本当の社会と位置づけており、イギリスに住む友人はこれを受け、欧米人はこの世を仮説社会で生きているフシがあると主張します。

欧米人が仮説社会で生きているとする節は分り難い話しになります。そこで本章では社会科学者マックス・ウェーバーの説を織り込み色々な角度から仮説社会について論じてみたいと思います。

仮設と仮説の違い

社会は変わります。そして変化した社会は次の新しい時代へと移行するものです。社会と時代、時代と社会、二つの関係は切っても切れないものですが、イギリスに住む友人によると、欧米人はキリスト教の二元論に基づきこの世を仮説社会で生きているフシがあると主張しています。

友人の説く欧米人が「仮説社会」で生きているとは、わかりにくい話になりますが、仮説社会とはどのような社会かを、友人の話を基に、私なりに説明してみたいと思います。

日本でも「カセツ」という言葉を一般的に使います。しかし、日本で使われるカセツの意味は、時間を限った一時的な仮設を意味し、欧米人が使うカセツは、時間の連続性を前提に「仮説」と言っています。

日本人が使う「仮設」と欧米人が使う「仮説」。一見すると大きな違いが存在するとは思えませんが、この違いは日本人と欧米人の本質の捉え方、そして思考法の違いに繋がっています。

日本で使われる仮設を具体的に例を挙げて説明しますと、建物の建築中に現場で働く人たちが使用する仮設住宅、仮設トイレ等があります。

建築業者は依頼者から建物建築工事を請け負う場合、工事期間は少なくとも一~二ケ月要するもので、長くなると一年、二年をかけて工事を行うこともあります。

現場の人たちは工事の施工中、トイレ、休憩室等が必要となりますが、日本で使用する仮設の多くは移動が可能な建設現場での仮設トイレ、仮設住宅等の「一時凌ぎ」に使われるものを、仮設と称しています。

一方、欧米人がこの世を仮説社会で生きるとする「カセツ」は時間を限定する仮設でなく、対象物を抽象的に捉え、別の意味で表現する場合に使います。

私達日本人は、対象物を捉える場合、視覚を働かせ一時的、具体的に捉え、それが仮設小屋や仮設トイレとなります。絵画では正確に描写する風景画、俳句では、五、七、五の短い句に季語を入れ込み、私たちは季節感を味わっています。

これに対し、欧米人は対象物を抽象的、包括的に捉えて、別のものに仕立てあげ、例えば闘争にルールを設定してスポーツとし、また選挙を実施して民主主義を確立したりしています。絵画ではピカソの抽象画、ゴッホの印象画となります。

友人によるとこの二つの違いは、日本人と欧米人の本質の捉え方の違いから生じており、それが仮設と仮説の違い、その他諸々の面の違いに繋がっていると主張します。

※本記事は、2020年5月刊行の書籍『特性を活かして生きる』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。