そうこうしているうちに佳津彦が大事そうに木箱を抱えて戻ってきた。

「私にもそう呼ばせてください」

含み笑いをしながら降りてくる。

「それでは打ち合わせ通りにやってちょうだい」

女王のお言葉に、佳津彦はすでに脳裏に送られてきていた作業手順に従って行動していくのだった。まずは大きな水晶の勾玉を柩の中から取り出し、それを綺麗に磨きあげ持参した皮紐を穴に通した。

「わあ、何が始まるの、何かの儀式なの、たのしみー」

これから起きる未知の体験に明日美は興味津々だ、瞳を輝かせ見入っている。佳津彦はさりげなく明日美に近寄り、不意を突きなんとその首に勾玉をかけたのだ。

「ええー! 何すんのよー、私自身がこの儀式のアイテムってわけ」

意外な行動に啞然としながらも佳津彦を睨んでいる。

「うーん、似合っているな、ご先祖様の面影があるのかもしれないな、安心して任せなさい。ご先祖様は悪いようにはしないはずだ。こっちにきなさい」

佳津彦はそう言いながら明日美を前方部に誘う。いつの間に設置したものか、そこには照明機器が2基、前方部に向いて立っていたのだ。明日美をその間に立たせ、歩数を数えながらおおよその距離をとり、大切そうに抱えていた箱の蓋を開くと中から出てきた物は、1枚の大きな銅鏡だった。

輝いている、錆一つない、手入れが行き届いているのが一目瞭然である。

「これは見ての通りの内行花文鏡で国内最大級の物だ。しかも魔鏡になっているんだ、凄いだろう。持ってみるとわかるがずっしりと重い。これが我が家に代々伝わる家宝だ。初めて見ると思うが実に素晴らしい鏡だ。どうだ、触ってみたくないか、何かワクワクしてくるだろう。なぁ、そうだろう」

説明とも自慢話ともとれない話が始まってしまった。佳津彦はこの銅鏡を見るたび興奮してしまうらしい。そして娘にもそうあって欲しいと願うのか、無理に同意を求めてくるのであった。

「何言ってんのよ、元々は姫様の鏡じゃん」

明日美は呆れ顔で、聞こえないよう小声でつぶやいた。

「さあ、仕上げをお願いします」

女王が見かねたのか促すように言った。

「それでは、いきます」

一転して緊張の面持ちで、ゆっくりと銅鏡を傾けていく、どうやらそれは凹面鏡になっているようなのだ。その銅鏡に照明の光を反射させ、首元にある勾玉の一点に光を集めていく。

「よし、ここだ」

佳津彦がうなずいたその時、突然勾玉自らが青色の光を放ち出し、徐々に輝きを増し、この白い墳墓を美しい青へと染めていくのであった。その上、青い光の粒子が明日美の周りで渦を巻いているようにさえ見えた。錯覚であろうがその光の渦に、風にも似た音と質感さえ覚えた。もはや二人は目を開いていることができない、レオは鍾乳石の陰に隠れてしまった。それほど強い光がこのドーム全体に満ち溢れていたのだ。光の飽和状態がどれ位続いたのだろうか、ほんの数秒の出来事だったのかもしれない。

※本記事は、2021年8月刊行の書籍『魏志倭人外伝』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。