「ようちゃん、おやまのトンネルてつだって」

くみちゃんの向かい側に座ってトンネルを掘り出す。そこへお母さんが走ってきた。

「ごめーん、見ててくれてありがとう」

「いいよいいよ、今来たところだから。今日も預かろうか?」

「毎日本当にごめんね」

「気にしないで。珠ちゃんも帰ってくるの見てるよ。病院通いも大変だよね。ちゃんと寝れてる?」

「うーん……」

聞こえてくる大人の話は難しい。昨日も同じことを話していた。お話する時も笑っていないことが多いし。僕は砂の中を彷徨うくみちゃんの手を探して手を伸ばした。砂が崩れる。ここだと思って更に手を伸ばすとくみちゃんの指に触れる。思わず体を起こして二人で笑い合う。大人もこうやって遊べばいいのに。そしたらすぐにえへへって笑えるのに。

「洋ちゃん、今日もくみちゃんのお家で夜ご飯食べてね。お母さん、しおちゃんのとこ行ってくるからね」

全身砂まみれの僕は身体を揺らしながらお母さんを見上げた。

「またびょーいん?」

「うん」

「ぼくもいっていい?」

「ごめんね、洋ちゃんは入れないんだ」

知っている答え。いっつも言われることは一緒なのについ聞いてしまう。いつも保育園から帰ってきてすぐにお別れ。しおちゃんが生まれてからお母さんはずーっと病院にいる。帰ってくるのは僕たちが寝てから。

お父さんと交代してるって聞いた。お父さんとはずーっと遊んだ覚えがない。お母さんが僕の頭を撫でて「いい子にしててね」と言って荷物を取りに家へと帰って行った。なんだか近くにいるのに遠くに感じる。大人が笑う時って悲しいのかなって思って僕も悲しくなる。

くみちゃんママがお母さんの背中を見つめる僕の身体をパッパと払ってくれた。くみちゃんママはいつも優しくて、僕が夜眠れなくて泣いていると「洋ちゃんたちの二人目のお母さんだと思ってね」って抱きしめてくれる。それはすごく嬉しいんだけどやっぱりお母さんはお母さんしかいないからなんか違った。

僕が四歳になる少し前にしおちゃんが産まれた。初めてできた妹と一緒におもちゃで遊ぼうと計画をたてていたけどしおちゃんが家にいることはすごく少なかった。お母さんはしおちゃんは難しい病気で病院でお薬や注射をしなきゃいけないからお家には中々いれないんだと教えてくれた。

僕と珠ちゃんが保育園と小学校にいる間、お母さんはしおちゃんのお部屋にいる。僕らが帰ってくる時間になると一旦帰ってきてすぐに戻っていく。そんな生活がずっと続いていた。

お母さんがいない時は大体くみちゃんか別の棟にいるお母さんの一番上のお兄ちゃん、邦夫おじさんの家で過ごした。

邦夫おじさんは近くで工場を経営している。工場の中は大きな機械がいっぱいあって耳を塞ぎたくなるような音をたててガシャンガシャンと動いていた。僕はそのロボットたちが放つ油と熱の匂いが好きで時々遊びに連れて来てもらっていた。僕をひょいと担いで笑うおじさんは背が高くて役者さんみたいに格好良くてジーパンが似合うので僕は勝手にジーパンおじさんと呼んでいた。

ジーパンおじさんの家ではあんまり大きな声を出しちゃだめっておばさんに怒られた。いとこのお姉ちゃんも遊んでくれるけどいっぱい笑うのも怒られる気がして珠ちゃんとなるべくこそこそ話をしてた。でも多分お母さんにこれを言うともっと悲しい顔になる気がするから僕は体いっぱいで小さな楽しかったことを伝えるようにした。

※本記事は、2021年12月刊行の書籍『 笑生』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。