「はい、風間です」

「浅川ですが、社長いますか?」と、社長と言う響きに一瞬戸惑ったが、すぐに判断した。電話の相手は、福島訛りの年配の男の人だった。声には張りがあった。

「はい。少々お待ち下さい」と返し、社長へ繫いだ。
「浅川さんからお電話です」

すると、意外な言葉が返って来たのだ。

「どこの浅川さん?」

会社名は名のらなかったので、会社関係の人ではないのだろう。どこに住んでいるかは不明であった。しかし、受話器はすでに舅の手中にある。左手で電話口は塞いであったが、私に質問するより出た方が早いし、相手も待たせずにスムーズにいくのではないかと、幾つかの疑問が頭を一周ぐるりとめぐった。その中で、最善な言葉を選んだ。

「分かりません。出て下さい」

すると、舅は社長らしい口調で喋った。

「変わりました。お待たせして申し訳ありません。お世話になっております。はい。そうですか、わざわざありがとうございました」

と、軽く会釈をして電話を切った。通話時間はとても短かった。

先ほど、豆腐の切り方を指摘した舅と、今受話器を置いた社長とは、人格が二重に見えた。乱視かもしれないと自分を疑った。すぐに、本性に戻った舅が怒鳴った。

「電話に出たら、どこの誰かを聞かないと誰だか分かんないからな。あと、もう少し大きな声でハッキリ喋れ。聞きとれない!」と、言われてみれば、確かに高齢者は耳が遠くなってくるから、と納得した。

「はい。分かりました。今後そのように対応します」
と、大きな声でハッキリと答えた。

後から姑に教えられたのだが、同じ名字が四件くらいあるから、住所かフルネームを聞かないと、誰かを特定できないらしいのだ。

私は、この家にもこの土地にも慣れるまでは、まだ時間がかかると思った。多分、嫁ならば多かれ少なかれ、一度は通らねばならぬ道なのだ。だとすれば、先ほどの場面はごく普通のこと。良好な人間関係を築くためには、素直が一番の近道だと自分自身に言いきかせた。