始末書事件と2つの幸運

始末書事件で最低成績

NHKに入局した最初の年度の成績(考課表)には「2」と記されていた。5段階評価の「2」であった。私が知る限り、百名弱の新採用のPD(プログラム・ディレクター)の中では最低の考課であったようだ。その理由は、先輩から依頼された私が、岩波映画のフィルムのコピーをした時に、先輩が著作権処理の伝票を提出しなかったために映画社からクレームを受けた事件に巻き込まれたからであった。

流行作家や連合艦隊司令長官の息子さん、かつての殿様の子孫など光り輝く新採ディレクターたちに囲まれて、名も知れぬ出来立ての大学、ICU5期卒業の私は悶々とした日を過ごすことになった。始末書事件による初年度から同期生最低の成績は大きなショックであった。

このままNHKにいてもやがては苦手の教育テレビに回されるに違いないと思った私は、辞表を書くことも考えたが初めて担当した5分番組「ポケットサイエンス」のリーダーだった谷田川昭二氏の「その程度のことはよくある事だ。くよくよするな!」の慰めで辞職の考えは消えていった。今から考えると、ここにも人生航路を左右する一瞬があったのだと思う。

2つの幸運とは

しかしテレビさえ熱心に見たことの無い私が、最も不安を抱いていた番組作りの方は意外なほどスムースに進んだ。入局直後の約一ヶ月の研修期間を北海道の北見局で聴取料の集金などを学びながら過ごした後、東京は千代田区内幸町にあったNHK本部のテレビ教育部に配属された。

事前の希望調査で「専門知識が必要な学校放送番組以外ならどこでも結構です」と答えたのを受け入れてもらえたのが非常に嬉しかった。これも当時、頭に沁みついていた「物理の落ちこぼれ」意識のせいかも知れなかった。

担当はこの春に始まったばかりの総合テレビの科学番組群の一つである5分番組だが朝7時のニュースの直後に放送する視聴率の高い番組であった。テーマは「たけの子の栄養」、「虫歯と甘味」、「秋の霧」、「しもやけ」など春夏秋冬、料理や健康など一口話を科学の視点でかみ砕いて伝える主婦や高齢者向きの番組であった。

この番組は企画、取材・撮影、編集を終えた後、スタジオで鈴木健二、長谷川肇など当時の人気アナウンサーの語り、音楽・効果音を一気に録画・録音し、完成したビデオテープを放送登録するなど全ての制作工程を一人のPD(番組ディレクター)が実施するもので、初心者が学ぶには打って付けの番組でもあった。

しかし、この番組を毎週2本から3本制作するのがノルマなので毎月の時間外が100~200時間になる。今なら労基法違反間違いなしの重労働番組であった。しかし、NHK入局前に実験室にこもって寝泊りする経験をした私にとっては、短時間にテレビ制作を体験できる幸運な環境だと感じていた。

※本記事は、2021年11月刊行の書籍『私はNHKで最も幸運なプロデューサーだった』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。