幸い公共の病院は、お盆でも土日を除く平日は開いている。いいのかお粗末(そまつ)なのか、お役所(やくしょ)仕事(しごと)というのだろう。市民病院はすで民間(みんかん)委託(いたく)されており、評判は例によって人それぞれで、それまで無心(むしん)に噂を聞き込んだが、車で数分は何にも代えがたい。かろうじて手を借りて立ち上がっても、無様(ぶざま)とはこのことに思えた。

手を借りて起き上がったものの、身繕(みづくろ)いに悪戦苦闘(あくせんくとう)。部屋から車まで三十数歩。途中玄関を出て八段の階段を下る。前屈(まえかが)みはほとんどカニ歩き。斜めの()()りは、二十年前に新築した当時、二歳だった孫が掴まったもの。直径八ミリのステンレス棒を縦に、(とう)間隔(かんかく)にした自作自前のもの。それにすがり付くようにして下り切ると、車に乗り込んだ。

痛みはひどかったが、小型車にしてはポケットスタイルのシートは、尻にしっくりと安心をくれた。立ち上がれないのに比べると、意外と苦痛(くつう)が少ない。念のためブレーキとアクセルを何度か踏み込んで、安全(あんぜん)確認(かくにん)はした。歩く姿勢とか立ち上がる早さなんか、人の手を借りても変わりそうになかったから、診察(しんさつ)を受けて戻るまで、なんとしても自力(じりき)になる。たいして意味のない(くそ)意地(いじ)だった。

その場でレントゲンを撮って、(あらた)めて三日あとに“MRI検査”の段取りになった。その結果、五番目の脊椎(せきつい)がずれていると言われた。画像(がぞう)を見せられたが、“老眼(ろうがん)”“緑内障(りょくないしょう)”“初期(しょき)白内障(はくないしょう)”のためか、肉眼(にくがん)裸眼(らがん)(なっ)(とく)できず、ただただ聞くにとどまる。

民間の掛かり付けの生命保険屋と言うのは、保険好きの連れ合いが五十年かれこれ繋がったからで、“ケー”がつく病名なら保険は適用するという。診断書が欲しいというと、ケーはたぶん手術のことだろうと言いながら、先生は全然手慣れた様子に、重ねられたハガキ大の紙束、字面(じづら)に差し障りのない紙の再利用だろう、その一枚に口ずさみながら病名を書いてくれた。

遡ることほぼ六十年前の、初めて社会人になったその初日。ある節目の初日に小柄な社長に引き回されて、工場中の折れ釘、座金、螺子(ねじ)を拾い歩いた。長い人生の結果がいつもそうだが、あとで考えて気がついた。そういうことは日頃からすることで、いかにもの擬態(ぎたい)ではないかと。

それでもその時の初心(うぶ)な新人には効き目があった。そのあと、紆余曲折(うよきょくせつ)の末独り立ちし、なし得たダクト(こう)(しょく)を“オイルショック”に投げ出し、建設業界を逃げ出した。そこで再び製造業に転職(てんしょく)した友人の父親の会社では、封筒を返したメモ用紙に驚かされた。たしかに節約(せつやく)は、あくまで利益追求の(じょ)(くち)になる。

※本記事は、2022年1月刊行の書籍『れひはのけんし』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。