「十五、十六……次は分かるかな?」

「えっとぉ……じゅうしち、じゅうはち」

一階に並ぶベランダを順番に数える。瞬間ひょいっと持ち上げられて強く抱きしめられた。

「正解。洋ちゃんは賢いね。そうだね、一階には一八個お部屋があるね」

えへへっと笑ってお母さんの胸から飛び降りる。

「でもね、ここは危ないから遊んじゃだめって言ったよね。ここでねんねしちゃったら清掃車に連れてかれちゃうよ」

「せーそーしゃー、このなか、まっくらでこわいこわいねー」

大きな声で好きな車の名前を叫びながら指は大きな箱を指す。

僕のお気に入りの場所。三つ並んだ大きな青いコンテナ。空の雲も飲み込みそうなモンスターの口みたいな大きな鉄の扉と鼻を刺す様々なゴミの染み付いた匂い。これが僕が生まれた街、故郷と呼ぶ県営住宅の匂い。コンクリート造りのデザイン性なんてまるでない八階建ての建造物。その中で暮らす数百世帯のうちの一家庭の中で僕は育った。

その頃の僕は団地のアイドル的な存在で「青い自転車の洋ちゃん」の通り名で有名だった。東西南北それぞれに一棟ずつ、計四棟建つ団地の中心に全世帯が集まれるほどの大きな広場があるのだが保育園から帰るや否や補助輪付きのお気に入りの青い自転車に乗って敷地中を走り回る。それが僕の日課だった。あまりに小さな子供が走り回るものだから周りからは注目の的。おかげでずずさんは今まで面識のなかったおばさま達から注意されたり笑われたりしたと言っていた。

記憶を更に掘り下げる。そこには不明瞭ながらも輪郭を伴う感情の記憶が残っている。それは多分、フィルムのくっついたアルバムを久しぶりに捲るかのように恐る恐るゆっくりと……誰も傷つかないように。

※本記事は、2021年12月刊行の書籍『 笑生』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。