風太は南雲さんなら自分がいなくても平気なのではないかと時々思う。担当の編集者がいなくたって彼女なら一人で上手く立ち回ることができそうだ。しかしそうなると風太は南雲さんとの関わりを失ってしまう。それは嫌だった。風太は編集長に「彼女は私をすごく頼っているのです!」と目を輝かせながら報告することを今決めた。

嘘かどうかは南雲さんに聞かなければわからない。風太はとりあえず南雲さんに伝えなければならない用件はすべて伝えた。その後は至福の雑談タイムであったが残念無念、楽しい時ほど時間は速く流れてしまう。もうそろそろ本社に戻って仕事を再開しなければ、風太の仕事の遅さでは今日のノルマを終わらせられない。風太はしぶしぶとコーヒーを飲み干す。そして別れ際に聞いた。

「次回作の構成は考えているの?」

すると南雲さんはその綺麗な輪郭を傾けて

「微妙に」

と答えた。また、動物や宇宙人との物語なのだろうか。

「南雲さんの書く人間同士の恋愛小説を読んでみたいな」と風太は言ってみたりする。しかし南雲さんは複雑な表情で笑うだけであった。少し困らせてしまったらしい。

風太は咳をして「何も言ってないよ?」みたいな顔をする。しかしその咳をするという行為自体で誤魔化していることはバレバレだ。

「まあ、次回作の構成が練れたら連絡してよ。連載の打ち合わせとかあるしさ」

「うん。またね、風太君」

店を出る風太に南雲さんは微笑んで手を振った。その彼女の顔は世のすべての男性を虜にできる力を秘めている。しかし彼女自身は決して恋に落ちない。彼女が見知らぬ男のカノジョにならないことは素直に嬉しい。しかしだからと言って風太がどうにかできるだろうか。風太は南雲さんに人並みの幸せを手にしてほしかった。

誰か彼女の心を一新するようなドデカイ衝撃を与えられないだろうか。風太はそんなことを思う。

「南雲さんの心が変わる瞬間に立ち会うことができれば、あるいは私にも」

風太は無意味な妄想に耽りながら本社に戻っていった。

※本記事は、2021年11月刊行の書籍『人類の敵』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。