【前回の記事を読む】【小説】箱を開けたとたん、がん闘病中の妻は突然泣き崩れ…

液晶の「幸せ」

翌朝、廉は茅ケ崎の昭和公民館の教壇に立っていた。この日の講演に関しては、ファッションまで和枝がコーディネートしてくれていた。「びしっとしたスーツ姿じゃ堅苦しいでしょ」と。チノパンにサマーセーター、ワーカージャケットを羽織った講師に、三十人の聴講生の眼差しは優しかった。

「新聞記事の原稿は取材記者の手元を離れると、真っ先に私たち編集記者に届きます。そしてニュースの重大性や面白さを読み解き、見出しを考え、専用の大型モニター上でレイアウトして、ひとつの紙面に仕上げていくのが新聞編集の仕事です。きょうは編集の屋台骨とも言える、この見出しとレイアウトについて、現場からの報告の形でお話ししたいと思います」

聴講生にはあらかじめ参考資料を載せたペーパーを配っておいてもらい、視覚的にも楽しめる「レイアウトの仕方」の説明にはじっくり時間をかけた。

「ひとつの紙面には『上席』が三つあり、優先順位で『頭』『肩』『腹』と呼んでいます。新聞社の編集局が舞台のドラマなどで『おい、きょうの頭はこれで行くぞ!』といった台詞を聞かれたことはありませんか。『頭』というのは、そのページの一等地、つまり右上のスペースに置くネタのことを指しているのです」

欧米の新聞とのレイアウト比較もやってみた。

「欧米の新聞では、記事がひとつのページに収まりきらなくなると、文章の途中であっても、続きを別のページに飛ばします。『ジャンプ』と呼ばれる手法です。文章の区切りの良いところから、ではなく単語の途中であろうとお構いなしに別ページに送ってしまうのです。その点、日本の新聞は、複数ある記事を過不足なく確実に一ページに収めます。しかも編集記者の価値判断が見えるような美しい配列で」

日本の新聞の素晴らしさをアピールした。続く「見出し」の説明は穴がないよう慎重に行った。新聞編集の肝だからだ。