【前回の記事を読む】【小説】「余は女の子だと思う!」「いや、男の子じゃ!」

外伝二の巻 鳳炎(ほうえん)(こう)(りゅう)の愛

ある日の早朝、まだ朝霧が立ち込めている深い森の中、川で水浴びをしている乙女の姿があった。そこへ偶然通りかかった若い男はこの奇妙な光景を見て思わず乙女に声をかけた。

「そなた。季節は夏とはいえ、まだ川の水が冷たいのに水浴びをするとは。随分無茶をするものだ。日が高くなり、暖かくなってから水浴びをすれば良いものを」

乙女は驚いて背を向けた。

「日中はムラの方々が水浴びをされます……。私は皆の迷惑にならない様、朝早くに水浴びをしているのです」

「迷惑になると? 何故なのじゃ?」

乙女は衣を羽おり、右足を引きずりながら川から上がった。

「よし。余が川の水を温めてやろう」

若者が右手を川に差し入れると不思議なことに、ほのかに湯気が立ち上がり、流れ来る川の水が少し温かくなった。

「まあ! なんということなのでしょう!」

乙女は喜びの声を上げると、再び川に入って髪を洗いはじめた。乙女の裸を目にした若者は顔を赤らめ、慌てて視線をそらした。乙女はその様子を見て思わずクスクスと笑った。

「少し生温いが……。それ以上川の水を熱くすると、川に住む生き物が死んでしまう。許せ……」

「ありがとうございます。貴方様は不思議な力をお持ちですね。まるで神様みたい」

「よ、余は神ではない。尊い天に仕える眷属の長、龍王の皇子である。名は鳳炎天龍と申す」

「龍王様の皇子様! 私の名は千世、ムラ長の娘でございます」

衣を羽おると足を引きずり、若者の前に両の手を付き、敬意を示した。

「そなたは足が悪いのか? その右の足は痛むのか?」

「いいえ、痛くは御座いません。この様なお見苦しき姿をお見せして申し訳ありません。私は幼い頃に流行り病にかかりました。私の母や数名のムラ人達が病にかかって命を落としました。私も数日高熱に(うな)され、熱が引くと右の足が不自由になっていたのです。ムラの者達は病が治りきらない私を避けて近寄ろうとはしません。私を見るなり、皆、逃げて行きます。仕方がありません。私は不治の病にかかってしまいましたから。誰しも病がうつるのは嫌ですので当然のことなのです。

父様は私が家から出ることを許して下さいません。父様は私を思い、毎日湯あみの湯を沸かす為に何度も小川に行き来して下さいます! でも、私は木立の中から差し込む朝日の光や鳥の囀りを聞きながら水浴びをするのが大好きです。だから水が少々冷たくても良いのです。薄暗い家の中で一人湯あみするのはとても寂しくて……。