赤い線の恐怖

「霊に取り付かれるとな」

職場の先輩である彼は、じーっとこっちを見つめたまま言った。

「目に赤い線がすーっと横に走るんや」

ぞっとしながら、「そ、その時は、どうすればよいのでしょうか?」と聞くと、「それは、知らん……」なんとも無責任な情報である。そんなことはすっかり忘れたある夏の深夜、ツーリングで信州に行った帰り道のことだった。快適に北陸自動車道をバイクで疾走していたのだが、なんだか突然体がずーんと重くなり、呼吸が苦しくなってきた。

「どうなってしまったんだ?」

はあはあと荒い呼吸とともに走り続けると、通過したはずのトンネルが何度も何度も現れる。

「おかしい、このトンネルさっきも通った。絶対におかしい!」

と思いつつ歯を食いしばって走り、やっと前方にサービスエリアが見えてきた。なんとかバイクを止め、崩れるように降りてヘルメットを脱いでトイレへ。手を洗いながらふと鏡を見た。そこには、目にすーっと赤い線が走り、真っ青な顔色の自分が映っていた。

「もうだめだ、終わった……」と思いつつ一時間ほど死んだようにぐったり横になっていた。そのまま気を失ったのか寝てしまったのか、はっと気が付くと、ふっと体が軽くなった。いつもの夏の夜の気分だ。もう一度鏡を見ると、赤い線は消え、いつもの自分に戻っていた。

「助かった。これで帰れる」

そんな思いで走り出すと、これまでの不快感がウソのように消え、いつもの快適な夏の夜が待っていた。ちょうど新潟県の親不知子不知おやしらずこしらずのあたりのことだった。昔は日本海から強風と荒波が押し寄せる断崖絶壁の難所で、親子連れでも、親も子も自分を守ることに精いっぱいでお互いを顧みられないところからその名がついたと言われている。

※本記事は、2021年10月刊行の書籍『京都夢幻奇譚』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。