そんな私が、さすがにこれはやりすぎたと思うエピソードがある。

小学一年生の冬のことだ。友達と歩く学校帰り、この地区一の大通り――と言っても左右合わせて三車線で片側に歩道がついているだけなのだが――に差しかかった。その歩道の脇には文旦畑が広がり、丸々と太った実が、昼下がりの冬日を浴びて黄金色に光っていた。

そこで、私は、歩道と畑の間の側溝に文旦が転がり落ちてきて、黄金色の山を作っているのに目が留まった。その丸い物体と数日前にテレビで見たある映像が、私の頭の中でシンクロしたのだ。

「面白いこと考えちゃった!」

私は友達に向けてニヤッと悪戯顔を作ると、側溝にしゃがみ込んだ。そして、手のひらをおもいっきり開いて、ズッシリと重みのある文旦を一つ拾い上げた。私が、姿勢を正して体を向けた先は、大通りだった。目の前を何台かの車が通りすぎた。

「見とってや! 行くけん!」

テレビで見た映像のイメージで、文旦を握った右腕を真っ直ぐ後ろに引き、左足を踏み出すのと同時に、その腕を素早く前方に振り上げた。

コロコロコロコロ~

文旦は、私のドキドキ感を乗せて、勢いよく一直線に転がっていった。そして……。

ペシャッ

文旦は、走ってきた車のタイヤに、見事にぺちゃんこに潰された。

「よっしゃー!  見た?」

私は得意顔でガッツポーズを作った。

「おおー!  命中した!」

「実里ちゃん、すごーい!」

皆、思い思いに手を叩き、歓声を上げた。確かに、誰もが私の思いついた遊びに、前のめりの姿勢を示していた。私はその反応につい調子に乗ってしまい、何度も腕を振った。もちろん、側溝に落ちている文旦でだけだ。その中には、球体ではなく、ゆで卵に上から軽く圧力をかけたような形をしているものもあった。

それらは、真っ直ぐ進む力が伝わりきると、高速回転しながら大きなカーブを描き、道路の中央でその勢いを止めた。そして、そこにちょうど次の車が走り込んできて、これまた見事に、ペシャッと文旦を潰していった。これが皆に大いにウケた。私はそれを満足顔で眺めて、

「みんなも、やってみてや!」

と、友達に向けて文旦を差し出した。我先にと手を伸ばしてくれると思ったが、誰一人として受け取ろうとしなかった。親友のめぐちゃんが遠慮がちに言った。

「私はいいよ。うまくできんと思うけん……」

「なーんだ、つまらんのー。じゃあ見とってね」

私はテレビで見た、ボウリング玉が猛スピードで転がっていき、カーンッと豪快にピンを弾き飛ばす映像を頭の中で再生していた。ボウリングをしたことがない私に、お母さんが、

「ピンを全部倒すことを『ストライク』って言うのよ」

と教えてくれた。

――ストライク

私は側溝の中からきれいな丸型の一段と大きな文旦を選び、今までの位置から二、三歩後ろに下がって大通りを向いた。そこにやって来たのは、黒塗りのピカピカした乗用車だった。

しかし、この時の私は、それが高級な車か否かを見定める目も、そのような車にどんな人が乗っているのかを想像する頭も持っていなかった。そのまま助走をつけて腕を振り抜いた。私の手のひらから力強く解き放たれた文旦は、見事に宙を浮いた。私の目には文旦が描く黄金色の軌道がスローモーションで映り、私の耳にはこの世界の全てが無音に聞こえた。

※本記事は、2022年3月刊行の書籍『南風が吹く場所で』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。