「正さんが大阪離れて疎遠になって、ホンマに水臭いと思たで、人は変わるけど正さんは違うと信じとったのに」

私の顔を見ながら寂しそうにポツリと言った。

「どないしたんや、浅井ちゃんの言うとる意味、俺、全然解らへん」

「一人で考えて、早まったらアカンで」

浅井は苦悶の表情を浮かべながら言った。

「俺がこの写真の男になんかするとでも?」

「そうや。感情に走ってもなんの役にもならんし、自分が惨めになるだけや」

浅井はじっと私の目を見て言った。

「それはわかる。わかるけどそれと大阪捨てて水臭いとは、どう繋がる?」

私には浅井の言う意味がまったく解せなかった。

「正さん、聞いてくれ。昔や、初めて正さんと進に出会ったころや。進は別として、正さんはふたつ歳下のくせしてワシに対して馬鹿にした物言いするし、理屈っぽいし自惚れがきつい、これほど嫌な奴はおらんと思った。けど、仕事して段々と正さんを知ってきたら、一緒におるだけで楽しなってきたんや」

そう言ったとたんに浅井は言葉を切ってしまった。浅井は私を励ましてくれているのは理解できるが、何かが引っかかる。今まで考えたこともないが、私はどこかでこの浅井を裏切っていたのだろうか―、あえて浅井を避けていたわけではないが、結果的に離れていったからか―、いったい浅井は何に拘っているのか自問してみたが、答えを出してもいまさらどうなるわけでもないと、私は受け流した。

「コーヒー入れてくる。浅井ちゃんは?」

浅井は首を横に振った。私はコーヒーを注ぎながら、やはり気になるがこの苦しいタイミングで浅井のわけのわからない昔話に付き合えるほど余裕はない。あえて、ここでその真意を問わないことにした。

「なぁ、大阪に帰っておいでぇや。時間は戻せんでも、やり直しはきくで」

強く響いた。

「それ、浅井ちゃんらしないセリフやなぁ」

「そやろ、立場が逆やったら、絶対に正さんやったらこないワシに言うとるで」

「しみじみ言うか」

と、私はとぼけたが、込み上げてくる想いを抑えるのにこれが精一杯だった。こんなに深く、そして忌憚きたんのないやりとりは本当に久々で、東京に出て来てからはなかった。

※本記事は、2021年11月刊行の書籍『わくらば』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。