【前回の記事を読む】何としてもネズミが助けようとした、集団のなかの特別な存在

一斉転居の謎

いくつか紹介した観察例は、どれも滅多に見られないものばかりだ。

特に、涙ぐましい救出劇は再現できるとは思えない。しかし、再現して確認できることでなければ公には認められない。貴重な観察事例としてどこかで公表したいと思っていたのだが、学会と名が付くところでは査読困難の一言で切り捨てられ、投稿したものの論評すら頂けていない。

面白い観察事例なので何度も書き直してみてはどうかと、学会事務所にいる電話口の女性にアドバイスを貰ったが、本業の方が忙しくてそれどころではない。それに、どうまとめてどう書き直せばよいか全く分からなかったというのもある。

また、投稿規定が厳しく定められていて、書き方を知らない私は入口にすら立つことができない。まるで閉鎖空間の前に立ちすくんでいるような状況である。ただ、これはなんとか本にまとめ書き残したいと思うきっかけとなった忘れられない観察である。

今までにこのような報告がなされたことがあるのかどうか知りたいと思った。全くないという判断をするには外国の論文まで調べなければならず、私には到底無理なことだ。

一度、思い切って国立大学のある助教に一方的にこれらの観察結果を送り判断を仰いだことがあるが、面白い観察だと返事を頂いた。研究対象でない限り時間を割いてまで調べることはできないのも分かっているので、返事が返ってきただけで感激ものだと思っている。

複数匹捕獲、そして連続して捕獲することができる捕獲具を作ろうと、仕掛けのアイデアを捻り出すことに専念していたのだが、捕獲具に対するクマネズミの行動が、当初思っていたほど単純ではないことが分かってしまった。

餌付けをして集団すべてを捕獲するつもりでいたのだが、その集団は強い絆で結ばれた家族集団であるかもしれないこと。数回の出産で生まれた多くの子ネズミが親と集団生活をしていて、集団内には、集団を維持するためのルールが存在するかもしれないこと。そして、その集団を統率し守る役目を持つ親が家族集団全体の行動に深く関わっているであろうことである。

クマネズミを攻略するのは、とてつもなく困難なことかもしれないと、その時思った。そして、過去の研究者たちが匙を投げる結果になった理由もこの辺にあるのかもしれないと思った。