そうした中で僕は、ある女性と知り合いになった。彼女は、ディスコでも軽薄なところはなかった。一心不乱に踊っている姿がやけに、僕の心を捉えた。言い寄る男に脇目もふらず、そのひとは一人踊り続けていた。僕はその姿をじっと見つめていた。やがて、僕の視線に気づいたのか、一瞬だけ、彼女が僕に目をやった。

その一瞬の視線の交わりが、僕をとりこにした。そして、彼女に近づいた僕は、ここを出て、BARに行かないか、と誘った。シェーカーの音を聞きながら僕たちは会話をした。そう、会話だ。一言、一言、言葉を選びながら相手に伝わるように、相手の想いをくみ取るように言葉を交わす。

その時間は、たいへん貴重な時間だった。やがて、肩に寄り掛かる彼女。僕は彼女の頭の重みを肩で感じながら、カクテルを傾けていた。長い黒髪が僕の頰を撫ぜる。短い言葉のやりとり。バーテンダーは静かにグラスを磨いている。友人は、いつまでもバーテンダーの手元を眺めていた。

僕は、ディスコに行くたびにあの女性を捜したが、二度と出会えることはなかった。あのひと時は、大切な時の流れのかなたで想い出となった。

"YOKOHAMA"が出されるたびに懐かしい、あの頃を想い出す。やがて、バブルがはじけた。街は灯が消えたように廃れていった。企業は、不動産投資の失敗で、一気に業績が悪化した。能力もない、大量に採用された社員は、いとも簡単に解雇された。広告代理店もあっという間に業績が傾いた。証券会社は、ばたばたつぶれた。接待交際費は絞られ、接待貴族は街からいなくなった。

あのBARも、やがて、店を閉じた。友人は、今、このホテルのBARにいる。そう、僕に"YOKOHAMA"を作ってくれたのは彼だ。彼が、このBARに来たのはなぜだろう。僕がこのホテルのこのBARを知ったのはなぜだろう。TOKYOから、KUMAMOTOに移ってきたのはなぜだろう。

※本記事は、2021年9月刊行の書籍『未来への手紙と風の女』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。