その後、男は人伝てに、友人夫妻が離婚したことを知った。それも、友人の方から一方的に離婚を申し立てたという。何でも、妻に金銭を騙し取られたという複数の被害者の訴えから、警察沙汰となり、捜査の結果、詐欺の罪に問われているらしい。さりげなく男性に気のあるような素振りを振り撒き、それに反応した男性を、さらに知らず知らずのうちにその気にさせるように導く。そして、相手が誘ってきたという形を作る。

一線を超えたところで、「夫に知られた。訴えてやると言っている。止めるためにお金が必要だ」と泣きつく手口だそうだ。警察で妻は、自分は英語がよくわからず、騙されたのは自分の方だと言っているという。

世間ではこれを「ロマンス詐欺」というらしい。陳腐な響きだ。だが、当の男は、「いや」と思う。男は、妻とのあの一瞬、肩が触れ合った時、間違いなく心が震えた。それにあの時、妻が男の耳元で早口で囁いたのは、たしか「Will you?」という言葉だった。明らかに自分から誘う言葉だ。詐欺の手口とは少し違う。路上駐車の取締まりの音でうやむやになってしまったが、英語ができないことを言い訳にするのであれば、わざわざあんなことを言うだろうか……。

男はどうしても理解できなかった。妻の策に引っかかっていたといえばそれまでだが、数ミリでも真実があれば、いや、百パーセントの嘘の中に一筋の真実があればこそ、男は心動かされたのではないか……。それに騙すつもりなら、わざわざ夫の友人を選ぶだろうか。

半年が経っても、あの事件、事件と言うより出来事をどう解釈したらいいのか、よくわからなかった。三十歳になろうという男は、「My Life」の画像が示すようにこれまでに女性と付き合ったことがないわけではない。女友だちも大勢いた。だが、男にとって最も心揺さぶられる女性との出来事といってよい。

友人の妻は本気だったのかもしれないし、騙そうとしていたのかもしれない。まあ、自分は騙されていたのだろう。今頃あの妻は、仕掛けた罠から獲物を逃したと、いや、そもそも狙いが悪かったと後悔しているかもしれない。しかし、自分にとっては……。未だそう考えていること自体、騙されている証拠なのだろうが。

※本記事は、2021年11月刊行の書籍『Wish You Were Here』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。