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ピアノ三重奏曲第1番 K.254

モーツァルトはピアノ三重奏曲を六曲残している。ピアノとヴァイオリン、チェロからなるこの室内楽曲は、ピアノとヴァイオリンのためのソナタより、チェロが加わることでより音楽の幅が広がり、聴く人を美しい小宇宙の世界に誘ってくれる。特に後期の作品ではチェロが大活躍し、音楽に重厚感が増し、寂しさや悲しみが表現されている。

1776年に完成した第一番目のK.254ではヴァイオリンが主役を果たし、チェロは伴奏にとどまっているのに対し、1786年に完成した第2番K.496、第3番K.502、並びに1788年に完成した第4番K.542、第5番K.548、第6番K.564ではチェロもヴァイオリンと同等に主役を果たしており、真の意味でピアノ三重奏曲となっている。

この第1番はモーツァルトが20歳の時ザルツブルクで完成された。3楽章からなり、演奏時間は全体で18分ほどである。私はこの曲の中で第1楽章と第2楽章が特に好きである。

第1楽章アレグロ・アッサイ。弾むような旋律で始まる。ピアノの奏でる旋律もヴァイオリンの奏でる旋律も明るく一点の曇りもない。青い空に雲雀が飛んでいて、爽やかなそよ風が高原に吹いている。そんな高原に行きたくなる。今日は一日いいことがどっと押し寄せてくるような気がしてならない。チェロの伴奏も音楽に幅を利かせていて好ましい。青年モーツァルトの瑞々しい感性が光る名曲である。

第2楽章アダージョ。一転して静かで穏やかな音楽。第一主題をピアノが演奏し、ヴァイオリンは伴奏の役割を果たす。次の第二主題はやや明るい旋律になり、ピアノが奏でる。この旋律がとても素晴らしい。ついでヴァイオリンが主旋律を奏でて、ピアノが伴奏に回る。このヴァイオリンの奏でる旋律も例えようもなく美しい。モーツァルトのピアノ三重奏曲の中でも特に美しい旋律の一つであろう。

その後第一主題に戻ってピアノが主旋律を演奏し、ヴァイオリンが伴奏する。さらに後を追って、第二主題をヴァイオリンが奏でる。この旋律もとても美しい。ピアノとヴァイオリンの協演のようであって、チェロは一貫して伴奏という形に終始している。私の愛聴盤はボザール・トリオの演奏である(CD:フィリップス、422079-4、1987年5月スイスで録音、輸入盤)。

プレスラーの粒の揃った、控えめなピアノの音が好ましい。また、コーエンのヴァイオリンとグリーンハウスのチェロは柔らかい音色で、この音楽に大変合っている。三人の息がぴったりと合って、モーツァルトのピアノ三重奏曲の世界を見事に再現してくれている。