戦争をやめるには

孔子の弟子に()(こう)という人がいました。子貢は弟子の中でも、とても珍しいことに、商売が上手で、さまざまな商売をしながら、孔子や門下生たちの生活を経済面で支えつつ、自分も弟子として、師匠の指導を仰ぎ、門下生と一緒に学んでいました。子貢は、自分が商売で稼いだお金を、おしみなく孔子と弟子たちの生活費や旅の費用にあてていました。そして、いずれ自分も国を治めるリーダーになりたいと思っていました。

ある日、師匠のお話を聞いていた子貢は、政治家の徳について、師匠に尋ねました。

「ある国の武将の話を聞きました。その武将は、自分の兄弟と王の地位をめぐって争い、その兄弟を殺しました。このとき、殺された兄弟に仕えていた家来のひとりは一緒に死ぬことを選び、みずから命を断ちました。自分は、この家来は、最後まで主君を裏切らなかったので、忠義を大切にした思いやりのある 立派な家来だと思うのです。しかし、もうひとりの家来は、生き残ることを選び、逆に主君を殺した方の武将に仕えることにしました。このような敵に寝返ったような忠義に反する裏切りをするような人は、人徳者(じんとくしゃ)ではないと思いますが、先生はどう思いますか」

孔子は言いました。

「忠義が大事なことはもちろんだよ。しかし、その感情だけで主君の後を追って命を投げ捨てても、国は平和になるわけではないのだよ。実はその生き残った方の家来は自分が生き残ることだけを考えて、寝返ったわけではないのだよ。その人の勇気ある行動のおかげで国が治まったのです。

戦争することを避けて、敵であった武将のもとに地域の有力者たちを集めて、戦争ではなく話し合いのみですべてを解決し、国を一つにまとめたのです。彼がいなければ、ずっと戦争が続いて、国民の生活は貧しくなっていたでしょう。今では、その国では争いがなく、国民は、その恩恵を受けて、安心して生活しています。それを成し遂げたのは、まぎれもなく使命感と忍耐心があったからです。

そして(じん)の心の持ち主でなければ、できることではなかったでしょう。もちろん忠義は大事だし、一見すると主君を裏切って、自分が生き残るためだけに寝返ったように見えるかもしれません。しかし、表面的なところだけを見て決めつけてはいけません。偉大なリーダーは、強い使命感を持って行動するものです。人からどう思われようと、その使命を果たすために、正しいと思った行動をするものです。

国は平和になり、国民は安心して暮らしています。彼が成し遂げた平和な暮らしに目を向ければ、徳のある正しい行動だったことは明らかです。彼は、人々の平和な生活を取り戻すために一刻も早く戦争をやめるべきだと考えて、その使命感のために行動しました。自分の心情にこだわるよりも、より大きい使命のために行動する。これは誰にでもできることではないのですよ」

子貢は孔子の説明を聞いて、自分が目先の感情的な正義感にとらわれて、戦争を終わらせた努力や功績にまったく目を向けていなかったことを反省しました。商売で成功し、いずれは国を治めるリーダーになろうと決意していた子貢は、大きい使命のために行動することの大切さを学び、この孔子の教えを胸に刻んだのでした。

 
※本記事は、2021年11月刊行の書籍『孔子に学ぶ「五常の教え」』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。